帰国

前回のエントリーに書いたときから変わらず、というよりも寧ろ状況は悪くなっていきました。留学生のほとんどは母国に旅立ちましたし、現地の学生も続々と実家に帰ってしまいました。あんなに活気に溢れていたキャンパスを、まさか誰ともすれ違わずに歩けるような状況になるとは予想もしていませんでした。

それでもオンライン授業は続くわけだし何とか平静を保とうとして勉強に励みますが、10分おきに四方八方から来るメールに集中できるはずもありませんでした。また、ハンズオン演習のオンライン形式は予想以上に難しく、2倍以上の時間がかかりどっと疲れました。時々刻々と変わる状況と、それでも続くオンライン授業の間を行ったり来たりすることに疲れ始めました。

そんな中、遂に恐れていたことが。

ルームメイトも、セメスター末まで実家に帰ることにしたと言ってきたのです。前日までは絶対残ると言っていたので、この発表には本当にびっくりさせられました。よりによって、何故ピザを食べている流れで言うのかと呆れました。

近すぎる存在故に鬱陶しく思うことはありましたが、思い返すと彼は心の支えになっていたのかもしれません。身の回りのことをよく教えてくれましたし、高速のスラングが飛び交う大人数の会話の中でも、彼だけはいつも僕にペースを合わせてくれました。言葉の壁など感じさせないぐらいに笑い合える間柄になったと確信した矢先に離れられてしまうのかと自覚した瞬間に、図らずも食堂で号泣してしまいました。

しかしながら、その決断は正しいと言うしかありません。それぐらいに状況は深刻になっていました。

翌日には、借りていた本を返しに図書館に足を運びましたが、どこにも人影は見えません。ラボミーティングがあるからといってラボにも行きましたが、同じ建物内に集まりながらも別々の部屋からzoomでミーティングを行うという、世紀末のような光景が広がっていました。この日に宣告が出されたそうですが、通常授業に加えて研究活動についても建物を閉鎖して極力遠隔で行うように指令が出されたのです。実験を行う最低限の人のみが建物に入ることを許可され、他の人は自宅でできることを行おうという方針です。もちろんそのリストに僕の名前はあるはずもないので、これで物理的にバークレーにいる意味はほぼゼロになってしまいました。研究室に通えるならこの場に残る価値はあると思っていたので、それを失ってはいよいよ帰国を真剣に考えなくてはいけません。

僕を快く受け入れ、研究の機会を与えてくださった先生に直接お礼を言えなかったことは非常に心残りです。今まで丁寧に指導をしてくれていたVictoriaに会うことは叶いましたが、彼女を目の前にすればまた涙が溢れてきました。研究のことはもちろん、それ以外の面でも様々なことを教わった気がします。彼女が心から研究を楽しんでいる姿を見て色々と考えさせられましたし、進路や方向性についても常に相談に乗ってくれました。彼女のように、これからは僕も人に何か影響を与えてあげられる人になりたい、そう思わせてくれる素晴らしいメンターでした。遠隔で続けていけると言えど、彼女の側でもっと色々なことを学びたかったという思いは拭えません。(写真を撮り忘れたことも心残りです)

そんな思いでキャンパスを後にしようとすると、今度はバークレー市全体にShelter in(つまり不必要な外出を控えろということ)の命令が出されました。人気のなくなった街では犯罪も起こりやすくなり、すぐ目の前でひったくりも見せられました。

寮の食堂も、中での食事は禁止され、パックに詰めたものを持ち出して食べる形式に変わっていました。決断と行動の速さは讃えるものがありますし、この状況でまだ食事を与えてもらえることへの感謝の念は抱きつつも、弱った心に追い討ちをかけられているようでした。

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ルームメイトと(行儀が悪い)

 

何とか活気を取り戻そうと眺めの良い部屋で食べたりしましたが、人気のない街を見るのは逆効果とも言えました。しんみりと食事をしながら人がいなくなった市内を見下ろせば、そこに選択の余地はありませんでした。むしろ、ここまで状況が悪くなったことで決断が楽になったかもしれません。こうして僕も、前日までの宣言を覆して帰国する者の一人になってしまったわけです。

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奥にはGolden Gate Bridgeも見えます


自分で言うのも変ですが、僕は感情の起伏が小さい方だ思います。それに、通常に過ごせたとしてもあと2ヶ月ほどで訪れる別れなので、ここまでショックを受けるとは、自分で自分に驚いています。

一つには、単純な悲しみと混乱によるものだと思います。人間の手の及ばないものによって、今まで流れていた平穏な幸せがあっという間に奪われてしまう。そのスピードに心がついていかないまま現実を受け止めるしかなく、思ったより打たれ弱いことを知りました。残りの留学期間での振る舞い方も固めて胸を弾ませていたところだったので、自分を納得させるまでにひどく時間がかかりました。

しかし、もう一方は自分に向いている感情かもしれません。悔しさとでも呼ぶべきでしょうか。

人間関係にしろ、勉強にしろ、今思えばやり残したことがたくさんあります。もっとこうしておけば良かったと言い出せばきりがありません。短い期間の日々を無駄のないように過ごせたかと言われれば、どうでしょう、自信を持ってyesとは言えないかもしれませんね。このことは初日に強く心に刻んだつもりでしたが、それを貫徹することは非常に難しかったです。

ただ逆に、自分が得たものに焦点を当てれば、本当に価値のある留学生活だったと思います。エキサイティングで、時にはクレイジーだと思う学生たちに囲まれた大学生活は、自分を省みる良いきっかけになりました。現地の学生と対等もしくはそれ以上に闘えている自分を見つけて、自信をつける。でもまた次の日になれば不甲斐ない自分に落ち込む。そんな日々は精神を疲弊させましたが、長い目で見れば自分を成長させてくれたように思います。

向こう見ずで飛び込んだ研究室生活も常に葛藤や劣等感、自分の未熟さを感じながらの日々でしたが、得られるものが多くありました。自分の世界を広げたいと思って神経科学の領域に踏み込んでみて、そこでしか得られなかった経験を元に自分を考え直すことができました。今はと言うと、改めて東大で専攻しているロボット制御の分野に軸足を置いて頑張りたいという気持ちでいます。ここでやってきたことが関係ないというよりはその逆で、今までの経験を繋げた結果そう思えているのだと思います。その上、人と同じことをしても新しいものは生まれないわけだし、だからこそ以前に想像していたのとは違う景色が見えているのかなとも思ったりします。ラボの先生ともこの前そんな会話ができて、

「君が機械工学の分野で進んでいくことを応援するけど、もし気が変わってこのラボに来たくなったら前向きに考えるし、そうでなくても強い推薦状を書いてあげるよ。」

と言ってくださいました。自分の中に多様性ができて良かったと思いますし、そんな価値観を皆が持っていて純粋に応援してくれるこの国のカルチャーは、日本には無くてとても好きなところです。

授業や研究自体もまだまだ続けていけるのは有り難いことなので、心は現地に置いてきたつもりで、残りの期間も集中しなければなりませんね。授業周りのことは、また今学期が終わった後に改めて振り返ろうと思います。

ちっぽけな自分には肩幅の大きすぎるアメリカでしたが、また何かの縁で戻ってこられればと思います。

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帰国

奨学金の関係で25日までアメリカに残った方が都合が良かったので、帰国を決めた3日後にバークレーを後にし、車で3時間ほど離れたルームメイトの家にお邪魔させてもらうことにしました。もう一緒にいても暇だなと思うぐらいに最後の時間を過ごせたことは非常に幸運だったと思います。いわゆる「アメリカの豪邸」という感じの家で、両親も優しく接してくれました。誰かにあげようと日本から持ってきていた扇子の存在を思い出しプレゼントすると、とても喜んでくれました。

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掲載の許可は頂いています

帰国当日のエピソードも少しだけ。その朝はレンタカーで空港まで来る予定だったのですが、一店舗目で日本の免許証が認められず危うく飛行機を逃すところでした。何とか二店舗目では認められ、ラッキーなことに粋な図らいでBMWに変更してもらえたので、最終日に爽快なドライブを楽しむことができました。閑散とした一本道は、この7カ月半の全てを思い出すだけの十分な時間を与えてくれました。

空港でも、授業のために持ち帰る予定だった電子部品が怪しまれて別室に連れて行かれるかもと言われたときは冷や汗をかきました。確かにバッグの中身がこんな感じであれば爆弾を持ち込んでいるのかと疑われてもおかしくありませんよね。5人の警備員に囲まれながらバッグの中身を全て出され、化学薬品の試験紙を使いながら念入りにチェックされている間は自分が犯罪を犯しているのではないかという気分になりましたが、無事に解放されて胸を撫で下ろしました。

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そんなトラブル続きで搭乗口に着いたのは2分前。そこから11時間のフライトを経て、無事に日本に帰ってくることができました。

政府の発表にあった通り、これから14日間は隔離生活を送らなくてはいけません。上野にあるホテルで孤独な生活をする予定なので、もし差し入れを持ってきていただけたら泣いて喜びます。そうでなくても、zoomでオンライン飲み会でもやりましょう。また、待機期間が終わって日本の状況も良くなったらご飯にも誘ってください。ここに書き切れなかったお土産話もしたいですし、逆に皆さんの話も聞きたいです!

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ここに2週間隔離か...